渡邊優美選手は伸び盛りの女性ボートレーサー!師匠や弟子、結婚などプライベートについても紹介!

渡邊優美選手は伸び盛りの女性ボートレーサー

渡邉優美選手は現在まさに伸び盛りといった成長を見せている選手で、近年ではG1レースなど大舞台にも出走する機会が増えてきています。

本記事ではこれからの女性競艇選手を担う存在のひとりとなるであろう、渡邉優美選手の経歴やプライベートについて紹介します。


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渡邊優美選手のプロフィール

渡邊優美引用元:BOAT RACE オフィシャルウェブサイト

渡邊優美選手の簡単なプロフィールは以下のようになっています。

名前 渡邊優美
登録番号 4590
生年月日 1992年9月10日
所属支部 福岡
身長 161センチ
体重 48キロ
級別 A1

渡邉選手は福岡支部に所属しており、級別は2022年現在A1級と、最上級クラスの選手です。
2021年後期にA1級に昇格して以降2期連続でA1級を維持しており、勝率など成績が着実に上昇していることが分かります。

現在競艇界では約200名の女性選手が活躍していますが、そのなかでも渡邉選手はこれからの活躍が期待されている選手の一人といってよいでしょう。

福岡県出身ということもあって、福岡ソフトバンクホークスの大ファンで、レースが無いときなどは同じく福岡支部所属でソフトバンクファンでもある真子奈津実選手と試合を観に行ったりもするとのことです。

競艇選手になるまでの経緯

競艇選手になるまでの経緯

渡邉選手のお父さんは大の競艇好きであり、渡邉選手が小学生の頃からお父さんと一緒に競艇場に通っていました。

お父さんの「将来競艇選手になったらどうだ?」という勧めもあってか、中学生の頃にはすでに将来は競艇選手になろうという決心を固めていたようです。
そして、中学3年生の時に「やまと養成学校」を受験します。

やまと養成学校は常に競争率が10倍以上という難関校であり、中学校を卒業したばかりの女性が合格をするというのはとても難しいはずです。
ところが渡邉選手はこの難関校の試験に見事一発で合格しました。

競艇選手は元々運動神経が普通の人より優れている人が多いのか、学生時代に別の競技でトップクラスの成績を記録している人が多いのですが、調べてみたところ渡邉選手にはそのような輝かしい経歴は残されていません。

渡邉選手自身の競艇選手としての適性がものすごく優れていたのかどうかは分かりませんが、いずれにしても一発合格するのは並大抵のことでは無いことは確かです。
渡邉選手は中学を卒業後、104期としてやまと養成学校に入学します。

ところが初期訓練の際に右手親指の腱を切ってしまうというアクシデントに見舞われたため、長期的に治療に専念せざるを得なくなります。
そのため、渡邉選手は104期ではなく、半年遅れの105期生として卒業することとなりました。

ずっとなりたいと思っていた競艇選手になれるチャンスをもらったのに、いきなり出鼻を挫かれるような怪我を負ってしまったことは渡邉選手本人にとってとても辛い出来事となりましたが、この経験はきっと何らかの形で現在のボートレーサーとしての成長に役立っていることでしょう。

デビューから2年目での初勝利

デビューから2年目での初勝利

渡邉選手は2009年11月20日、地元福岡県にある芦屋競艇場でデビュー戦を迎えることになります。
ところがデビューしたての新人レーサーには、どの艇からのスタートであっても6コースから進入しなければならないという暗黙のルールがあります。

これはレース中の事故を防ぐための処置であり、仕方のない事なのですが、新人レーサーは大きなハンデを背負った状態で戦わなければならないことには変わりありません。
渡邉選手のデビュー戦は6着と、能力を発揮できずに終わりました。

その後もなかなか思うような走りを見せることができず、2009年は前レース6着、翌2010年は2着が1回あったものの、出走回数125回中9割近くが5着ないし6着と、苦難の日々が続きます。
しかし2011年、ついにその苦労が報われる日が訪れました。

7月9日、桐生競艇場で開催された「第11回JLC杯・オール女子戦」で渡邉選手は念願の初勝利を手にします。
ずっと努力が報われない日々が続く中でもあきらめずに努力し続け、ついに掴んだこの初勝利は渡邉選手にとって忘れることのできない出来事のひとつとなっていることでしょう。

2016年念願の初優勝!

2011年度に初勝利となった渡邉選手ですが、それ以降目に見えて成績がアップします。
2011年は50回以上6着があったのですが、2012年以降は6着の数が半分近くにまで減っておりそれに反比例するかのように上位に入着する回数が増えていっています。

2013年には23回1着、2014年には1着34回と、初優勝は目前というところまで来ていました。
2016年1月11日に大村競艇場で開催された「夢の初優勝男女W決定戦」で渡邉選手は順当に勝ち進み、優勝決定戦では1号艇での出走となります。

そして1号艇のアドバンテージを見事に生かして逃げ切り、念願の初優勝に輝きました。

しかし渡邉選手によると、この初優勝は無我夢中で走っていたためあまり記憶に残っていないとこのことで、この年の2月に2回目の優勝を決めた常滑競艇場でのレースのほうが「自分の思い描いた通りのレースができて優勝できたので嬉しかった」と後にコメントしています。

渡邊選手の師匠や弟子について

中渡修作引用元:BOAT RACE オフィシャルウェブサイト

渡邊選手の師匠は、同じく福岡支部に所属している「中渡修作」選手です。
中渡選手は現在A2級で、現在は2014年の優勝を最後に優勝からは遠ざかっているなど、中渡選手自身の成績は今一つといったところです。

いっぽう渡邊選手は師匠が成し遂げられなかったG1レース勝利を達成するなど、競艇の素質に関しては完全に弟子が師匠を上回っているという形になっています。
そして渡邊選手はまだ30歳という年齢ながら、すでに弟子を抱えている立場です。

神里琴音引用元:BOAT RACE オフィシャルウェブサイト

渡邊選手の弟子は「神里琴音」選手で、沖縄県出身、福岡支部に所属しているボートレーサーであり、2021年時点での年齢はまだ17歳、高校生でプロ競艇選手としてデビューするということもり、デビュー前から注目される存在でした。

そんな神里選手ですが、2021年5月24日にデビューするとそれからわずか46走目の8月24日、宮島競艇場でのレースで見事なまくり差しを決め、早くも初勝利を手にしています。

これからの活躍に期待が集まる選手を弟子に持ったということもあって、渡邊選手にとっては重圧がのしかかることとなりますが、師匠としての経験は必ず自分自身のレースでも結果として出てくるでしょう。

渡邊選手と神里選手がクイーンズクライマックスなど大舞台で争う日もそう遠くないのではと思わせるほど、両選手の潜在能力は高いです。

お酒好きの渡邊選手

渡邉選手はお酒好きとして有名で、TwitterなどSNSには仲の良い真子奈津実選手などとお酒を飲んでいるときの写真が掲載されています。

一番好きなのはビールで何杯でも飲めるそうですが、競艇選手は体重の維持管理が大変なので、今はカロリーに気をつかってか主にハイボールをメインに飲んでいるとのことです。
初勝利や初優勝のときなどは、仲の良い選手たちなどと美味しいお酒を堪能していたのでしょう。

渡邊選手に彼氏や結婚の噂はある?

渡邊選手に彼氏や結婚の噂はある?

競艇選手というのは、レース前は外部への連絡を一切遮断されるなど、閉ざされた世界ということもあって、競艇選手同士がそのままお付き合いをしたり結婚するといったケースがとても多いです。

渡邉選手にお付き合いをしているお相手や結婚の噂などはあるのかを調べてみましたが、今のところ表に出ているような恋の噂はありませんでした。

今は競艇選手として絶好調ですから日々レースに向けて勉強することで精一杯で、恋愛のことを考える暇もないという可能性もありますが、突然結婚発表といった場合もあるので、気になる人は常に動向をチェックしておきましょう。

渡邊選手の今後の目標は?

渡邉選手は、今後の目標について、「A1級を定着させること、そしてG1やSGレースなど大きなレースで勝てる選手になりたい」と語っていました。
A1級に関しては今のような成績を維持しつづければ間違いなく定着させることができるでしょう。

特に2021年は優出回数15回、優勝4回と過去最高の成績で終えることができています。
またSGレースには出ていませんが、G1レースの出走回数は増えてきていて、2021年には2度G1レースで優出しているなど、大きなレースでも結果を残しています。

このまま好成績を維持すれば、近い将来「ボートレースオールスター」に選出されるのではないでしょうか。


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まとめ

渡邉優美選手は福岡支部の選手で、2022年現在最高ランクであるA1級となっています。
小さいころからお父さんと共に競艇場に訪れており、中学生のときにはすでに将来は競艇選手になると心に決めていたそうです。

そしてその宣言通り中学3年生のときに「やまと養成学校」の試験を受け、見事に合格します。
しかし初期訓練中に指の腱を痛めてしまい、半年遅れでの卒業となりました。

デビュー後、なかなか思うようなレースができない日々がつづきましたが諦めずに努力を続け、デビューから2年後に念願の初勝利を手にします。
その後は着実に成績を上昇させていっており、特に2016年初優勝を決めて以降は目に見えて1着になる回数が増えていっています。

G1レースなど大きなレースに出場する機会も増えていて、優出した経験もあるので、近い将来ビッグタイトルを手にすることでしょう。