勝又桜選手が2021年4月に引退を発表!これまでの経歴や結婚について紹介

勝又桜選手が2021年4月に引退を発表!これまでの経歴や結婚について紹介

競艇の世界では、現在約200名の選手がプロとして活躍しています。

そのなかでも勝又桜選手は、競艇選手らしからぬ愛らしいルックスで人気があり、レース以外にもトークショーなどが開催されると多くのお客さんで賑わっていました。

しかし2021年4月を最後に現役引退を発表し、引退することとなりました。

本記事では勝又桜選手のこれまでの経歴や、引退をすることとなった理由について解説していきます。


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勝又桜選手のプロフィール

勝又桜

勝又桜選手の簡単なプロフィールは以下のようになっています。

名前 勝又桜
登録番号 4830
生年月日 1995年3月17日
所属支部 静岡
身長 153センチ
体重 47キロ
級別 B2

勝又選手は静岡県沼津市の出身で、所属支部もそのまま静岡支部に所属していました。

級別は最下級であるB2級であり、2017年には一度B1級まで階級を上げたものの、それ以降はまたB2級に落ちてしまい、最終的にそこから上に上がることはありませんでした。

しかし勝率を見るとB2級まで落ちてしまった2018年以降のほうが高くなっています。

B2級におちてしまったのは成績が悪いというわけではなく、出走数不足によるものでしょう。

勝又選手はその競艇選手とは思えないようなあどけないルックスでレース以上にイベントやトークショーなどで人気があり、彼女が出演するイベントには多くのファンが詰めかけていました。

学生時代はチアリーダーとして活躍

学生時代はチアリーダーとして活躍

勝又選手は幼少期を静岡県沼津市で過ごし、高校は同じく沼津市にある「加藤学園高校」に入学しました。

実はこの学校からは結果的に勝又選手以外にも2名の競艇選手を輩出していて、勝又選手の後輩にあたる板橋侑我選手、そして勝又選手よりも先輩である三浦永理選手が同じ加藤学園高校の卒業生です。

ひとつの高校から3名もの競艇選手が誕生している学校というのもとても珍しいのではないでしょうか。

しかし勝又選手がこの学校を選んだのは競艇選手を輩出していたからではありません。

勝又選手が加藤学園高校を選んだのは、この学校が全国屈指のチアリーディング強豪校だったからです。

もともと身体を動かすことが好きだった勝又線数は中学時代には新体操に打ち込んでおり、チアリーディングは新体操で得た体の柔軟性を生かせるという理由で並行して始めました。

ところがチアリーディングの魅力にすっかりハマってしまい、チアリーディングをもっと極めたいという思いが強くなり、高校を加藤学園高校にすることを決心したのです。

実際に加藤学園高校のチアリーディング部は、2014年にチアリーディングの本場である全米での大会で優勝しており、部活の休みはほとんどないほど練習の日々だったそうですが、高校生活はとても充実していたと後に話しています。

とはいえ、チアリーディングは見た目も大事ということもあって、高校時代には誰もが一度は通ったジャンクフードを販売するお店には立ち入る事すら禁止という厳しいルールが課せられていました。

しかしその努力の甲斐あってか、勝又選手が在籍中の2011年にはチアリーディングの全国大会で見事2位に輝きます。

競艇選手になろうとしたきっかけ

競艇選手になろうとしたきっかけ

勝又選手が競艇への道を選んだ理由は、「女性でも努力次第で上に上がることができ、活躍できるから」というものです。

確かに競艇選手が操縦するボートそのものは細かな性能差はあれど、基本的にはまったく同じ能力です。

したがって、それほど男女差が影響するスポーツではありません。

実際に男女混合のレースで女性選手が男性選手を打ち負かす場面というのも多々あります。

チアリーディングで全国2位になる高校でレギュラーメンバーを勝ち取った勝又選手のことですから、実力主義の競艇という世界に強い興味を持ったのでしょう。

デビューから132走目での初勝利

そして勝又選手は競艇選手の養成学校である「やまと養成学校」の入学試験に合格、競艇選手への道を歩み始めることになります。

2014年3月に選手登録され、同年5月10日、地元静岡県の競艇場、「浜名湖競艇場」でデビューします。

競艇ではデビュー間もない選手はどのコースからのスタートであっても、必ず大外である6コースから進入しなければなりません。

競艇というスポーツはインコースを走る艇が圧倒的に有利なので、新人選手にはほぼ勝ち目はありません。

勝又選手も初レースは最下位である6着に終わってしまいました。

そしてその後もなかなか思うようなレースをすることができず、2014年は1勝もできないばかりか、舟券には1回も絡むことがないまま終えることになります。

翌2015年もずっと勝てない日々が続いていましたが、2015年5月2日から津競艇場で開催されていたレースの最終日において、勝又選手はついに念願の初勝利を飾ります。

2014年5月10日にデビューしてからほぼ1年、132走目での初勝利でした。

勝又選手にとって、この日は一生忘れられない1日となったことでしょう。

実はこのレース、第1ターンマークで前を行く複数の艇が絡み合うアクシデントが発生し、勝又選手はそれを避けるように走行した結果1位になったという、運が導いた勝利なのですが、運も実力のうちと言われる勝負の世界ですから、初勝利には変わりありません。

2017年は大活躍の1年

2015年待望の初勝利を上げた勝又選手ですが、結局2015年はその1勝だけでシーズンを終えてしまいます。

さらに2016年は再び1勝も出来ないまま終えることとなってしまいました。

ただし全体的な成績で見ると、2015年が147走中2着3回3着10回なのに対し、2016年は127走中2着3回3着13回と、舟券に絡む回数は増えてきています。

そして開けて2017年、勝又選手はそれまでの不振が嘘のような大活躍を見せることになります。

2017年4月20日に地元浜名湖競艇場で開催されたレースで、約2年ぶり2回目の勝利を飾ります。

地元競艇場での勝利ということもあり、格別の嬉しさだったことでしょう。

更に勝又選手は5月6月7月と3か月連続で勝利を上げており、7月には1節で2勝を上げるなど絶好調、最終的に2017年だけで6勝をあげ、勝又選手にとって最高の成績を記録する1年となりました。

2019年板橋侑我選手と結婚

2019年板橋侑我選手と結婚

その後は2017年のような爆発的な活躍は見せないものの、2018年2019年と年に1回のペースで勝利をあげています。

そして2019年6月3日、兼ねてよりお付き合いしていた板橋侑我選手と、板橋選手の誕生日に合わせて婚姻届けを提出、結婚することとなりました。

大人気だった勝又選手の結婚報告には、多くの男性ファンが驚き、祝福したと同時に一部男性ファンは大きなショックを受けていたことでしょう。

3年間の交際を実らせてゴールイン

3年間の交際を実らせてゴールイン

勝又選手と板橋選手は2016年からお付き合いを始めており、3年間の交際を実らせてゴールインすることとなりました。

先ほどの勝又選手の経歴を観た人は気づいたかもしれませんが、勝又選手は板橋選手とお付き合いを始めた翌年の2017年、それまでなかなか勝てなかったのが嘘のような大活躍を見せ、年間6勝を記録しています。

直接的な要因となったわけでは無いと思いますが、板橋選手との交際が勝又選手にとって大きなプラスになった可能性は十分あります。

板橋侑我選手について

4933引用元:BOAT RACE オフィシャルウェブサイト

板橋侑我選手について少し触れておきましょう。

板橋選手は勝又選手と同じく静岡支部に所属しており、しかも勝又選手と板橋選手は同じ高校の先輩・後輩の間柄です。

静岡支部ではデビュー当時から若手のホープとして注目されており、実際その期待に応える活躍を見せています。

2011年11月15日にはデビュー5年目、25歳という若さでG1レース初優勝に輝きました。

これからの活躍が大いに期待できる選手のひとりといえるでしょう。

休日の過ごし方は?

休日は自宅で飼っている2匹の猫と遊んだり、買い物に行ったりとごくごく普通の新婚夫婦のような過ごし方をしているとのことです。

また、ふたりでホットヨガに行ったりすることもあるとの事で、仲の良さが伺えます。

2020年斡旋が突然全削除される

2020年斡旋が突然全削除される

結婚発表があった翌年の2020年、勝又選手の斡旋が突如すべて削除されました。

これにはいつも勝又選手の動向をチェックしていたファンは驚いたことでしょう。

「引退しちゃうの?」「もしかして妊娠したのかな?」など、斡旋削除の理由をいろいろと予想していました。

斡旋削除の理由は産休だった

その後、板橋選手より勝又選手が第一子を出産、産休に入っていることが告げられました。

斡旋削除の理由は大方の予想通り産休によるものです。

勝又選手の第一子出産には多くの競艇ファンが祝福し、TwitterなどのSNSにはファンのみならず選手たちからも多くのお祝いメッセージが送られました。

しかし一部のファンは、勝又選手の今後の動向を不安視する人が居たことは間違いありません。

競艇選手の女性レーサーは妊娠・出産を機にそのまま引退する選手も多く、勝又選手ももしかするとそうなるのではと考える人も一部居ました。

2021年選手登録抹消、そのまま引退となる

結果的に勝又選手は出産後選手として復帰することはなく、2021年には選手登録そのものを抹消、引退することとなります。

選手登録を抹消されてしばらくした2021年4月、勝又選手は自身のTwitterにて「この度復帰せず引退することとなりました」という短いツイートを投稿しています。

その後板橋選手も、「子育てをする環境を整えること、子育てへの情熱のほうがボートよりも上回ったこと」を引退の理由として説明し、勝又選手が引退したことを報告しました。

勝又選手の妹も競艇選手を目指している

実は勝又選手には妹がいるのですが、妹も姉と同じくやまと養成学校に入学、競艇選手としての道を歩んでいます。

129期としてプロデビューを果たしており、これからどのような活躍を見せるか要注目です。

まとめ

勝間朝倉選手は静岡県支部の元競艇選手です。

中学時代は新体操部に所属していましたが、並行して始めたチアリ―ディングにすっかりハマってしまい、さらなる向上を目指して強豪校である加藤学園高校に入学、在学中に全国2位という記録を打ち立てます。

その後勝負の世界に身を置きたいという理由で競艇の世界に飛び込みましたが、なかなか思うようなレースができず、初勝利までには1年を要しました。

しかし2017年には年間6勝をあげる大活躍、その後も年1勝するなどコンスタントな成績を上げるようになりました。

プライベートでは2016年より高校の後輩で同じく強制選手である板橋侑我選手と交際をスタートし、2019年に結婚します。

その後2020年に産休の為斡旋削除され、そのまま翌2021年には選手登録を抹消、引退することとなりました。

これからは静岡支部のホープである板橋選手を影で支える存在として、そして1人のお子さんのお母さんとして、奮闘していくことになるでしょう。


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