競艇のトップ選手峰竜太とは?成績や転覆のアクシデントについて紹介

峰竜太

現在現役で活躍している選手のなかで最強選手は誰か、という話になった場合、たとえアンチであっても峰竜太選手の名前は出さざるを得ないでしょう。
それくらい峰竜太選手は現在の競艇界のトップを独走している選手です。

しかし峰選手の競艇選手人生は決して順調というわけではありませんでした。
本記事では峰竜太選手のこれまでの活躍について解説していきます。


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峰竜太選手のプロフィール

峰竜太選手引用元:BOAT RACE オフィシャルウェブサイト

多くの競艇ファンがすでに認知しているかと思いますが、峰竜太選手の簡単なプロフィールを表にまとめました。

名前 峰竜太
登録番号 4320
生年月日 1985年3月30日
所属支部 佐賀
身長 173センチ
体重 52キロ
級別 A1

峰選手は佐賀支部に所属しており、誰もが認める同支部のエースレーサーです。
級別はもちろん文句なしのA1級で、当分この地位から陥落することはないでしょう。

峰竜太選手には同姓同名の芸能人がおり有名ですが、お二人はお互いのことは昔から認知しており、2021年に「相席食堂」という番組で念願(?)の共演を果たしました。

相席食堂は、普段旅番組のレポーターをしないような人に旅人として出演してもらう番組なのですが、この番組で峰選手はなんと旅人として出演します。

そして、番組中の企画として、「峰選手が出走するレースに相席食堂が受賞した賞の賞金3万円を全部賭ける」というものがあり、この賞金を全額賭ける役に同姓同名の俳優である峰竜太さんが登場しました。

ちなみに相席食堂のMCは人気芸人の千鳥ですが、ボケの大悟さんは無類の競艇好きで、番組内でも度々「4カドの峰」と峰選手の事を紹介しています。
大悟さんのこの発言があってから選手みんなに警戒されるようになり、前のように4カドで勝てなくなってしまっているとの事です。

この全ベット企画ですが、見事に110万円にまで資金を増やしていて、現在も継続中です。
競艇ファンとしては必見の企画ですね。

峰選手自身の紹介に戻すと、感情表現が豊かで、特に勝っても負けても泣いてしまうことが多く、ファンからは「泣き虫王子」というニックネームをつけられています。

競艇選手になるまでの経緯

競艇選手になるまでの経緯 ヨットの画像

競艇選手は学生時代に運動部に所属しており、輝かしい成績を収めている方が多いです。
峰選手もその一人ですが、峰選手の場合は学生時代からヨット部に所属し、セイラーとして活躍していました。
ジャンルは違えど、学生時代からすでに舟を扱う競技に携わっていたことになります。

さらに峰選手が高校時代通っていた唐津西高校のヨット部といえば、全国トップクラスの名門で、峰選手は学生時代に国体のセーリング競技で4位入賞、ユース世界選手権に出場した経験もあるなど、学生時代から舟の扱いに関するセンスはトップクラスでした。

峰選手が現在競艇界の第一線で活躍し続けられているのは、学生時代に培った技術やセンスが礎になっていることは間違いないでしょう。
ちなみに同高校のヨット部後輩は、2020年東京オリンピックに日本代表として出場しています。

意外にも初勝利までには時間がかかっている

意外にも初勝利までには時間がかかっている

峰選手は唐津競艇場が生活圏内にある場所で生まれ育ったため、競艇は幼いころから身近にある存在でした。
高校卒業後はやまと競艇学校に入学、卒業して95期生としてデビューします。

峰選手は同期のなかでもちろん優秀な存在でしたが、95期生には他にも将来を有望視された選手が多数おり、なかでも岡村仁選手(大阪)、山田哲也選手(東京)、山口裕太選手(広島)の3名は養成所時代から峰選手とトップ争いを繰り広げていた間柄でした。

いつしか峰選手を含めたこの4名は「95期四天王」と呼ばれる存在となり、競艇界の中心で活躍し続けることになります。

元セイラーだったということもあり、誰もがデビュー後すぐの勝利を期待していたのですが、意外にも初勝利までにはそれなりに時間を要することとなりました。

峰選手以外の95期四天王3名はいずれもデビュー節で初勝利を上げますが、峰選手はデビュー戦で2着と健闘したものの、デビュー節はそれ以降3着以内には入れず、次の節でも惜しいところまでいくものの、初勝利を飾ることはできませんでした。

峰選手が初勝利を決めたのはデビュー3節目の最終日一般戦、デビューから22走目の事です。
ファンだけでなく、峰選手自身も待望の初勝利だったことでしょう。

破竹の勢いで2006年最優秀新人選手に輝く

デビューから初勝利まではほかのライバルに大きく後れをとってしまった峰選手ですが、翌2005年からは新人選手とは思えないような活躍を見せ始めます。

新人選手は事故を防ぐという意味でどの艇からスタートしてももっとも外側である6コースから進入しなければまらないという暗黙の決まりがあります。

インコース有利な競艇では6コースからの進入は大幅に不利となるのですが、峰選手はそんな不利をものともせず、果敢に前を狙い続ける走りを見せ、結果2005年は1年間で5回も優出するという優秀な成績を上げ、11月には自身初優勝も決めました。

その勢いは2006年になってもとどまることを知らず、2006年は8月にG3レースで早くも2回目の優勝を飾ります。

同期のライバルである岡村選手は2005年8月に1回目の優勝を決めているので、1回目の優勝こそ一歩遅れる形となりましたが、2回目の優勝を決めたのは峰選手が圧倒的に早く、この時点で四天王ナンバーワンの座は揺るがないものとなったといってよいでしょう。

2006年は優出8回、2回の優勝という205年以上の成績を上げ、峰選手はこの年、最優秀新人選手のタイトルを獲得しました。

デビューからわずか2年半でSGレース初出場

翌2007年、峰選手はデビューからわずか2年という異例の速さで最高クラスであるA1級へと昇格します。
新人選手としては圧倒的な力を見せる峰選手でしたが、さすがにトップレーサーがひしめくG1レースでは出走はするものの、思うような成績は残せていない状態でした。

しかしファン投票で出場する「ボートレースオールスター」に、峰選手は見事出走することになります。
この時デビューして2年半、当時としては歴代5位の速さで初のSGレース出場を果たしました。

峰選手は決勝進出こそなりませんでしたが初出場のSGレースでもしっかりと初勝利を挙げ、新人離れしたその実力を存分に見せつけました。

違反行為を犯してしまい即刻帰郷

違反行為を犯してしまい即刻帰郷

2009年は峰選手にとって忘れられない1年となったことでしょう。
2009年1月、芦屋競艇場で開催されたG1レース、「九州地区選手権競走」に峰選手は出走します。
これまで20回以上もG1レースに出走している峰選手ですが、この時点では優出の経験すらありませんでした。

しかしこの時は予選から準決勝まで3連対を1回も外さない安定感抜群の走りを見せ、初優出を決めます。
この後、それまで予選1位だった選手が5着に沈んだことにより、峰選手は幸運にも1号艇でのスタートを獲得します。

そして決勝戦、スタートはやや出遅れたものの、しっかりとトップで第1ターンマークを回り、道中もほかの艇に先行されそうな危ない場面もありつつなんとか凌ぎきり1着でゴール、22回目の挑戦にしてついにG1レース初優勝を決めました。

これにより5月のオートレースクラシックの出場権も獲得、このままSGレース初優勝も決めてしまうのかと、競艇界の大きな注目を集めていました。
しかし3月に唐津競艇場で開催されたレースにおいて、峰選手は悔やんでも悔やみきれないミスを犯してしまいます。

峰選手は同じレースに出場していた先輩レーサーである西和則選手のプロペラ調整を手伝ってしまうという違反行為を犯してしまったのです。

ほかの選手のモーターやプロペラの整備に関して、アドバイスをするのは認められていますが、作業を手伝ってしまうと、「自分の艇の整備は自分ひとりでおこなわなければならない」というルールに反する行為となります。

峰選手は2日目以降のレースには出場できず、そのまま帰郷しました。
更にそれだけではなく、5月から3か月間出走停止、1年間SGレース選出停止という厳しい処分が下されます。

5月のボートレースクラシックにはもちろん出場できませんし、それ以降2010年の前半までSGレースには出場できないという辛い状況を迎えることになってしまいました。

デビュー13年目でついにSG戦初優勝!

峰竜太SG初優勝

G1レースにはしばらく出場できなくなりましたが、その分一般戦で勝ちまくる峰選手は常に高い勝率を維持し続け、A1級から陥落するようなことはありませんでした。

そして2010年になり、選出停止期間を脱した峰選手は、2010年10月、ボートレースダービーでSG戦に久々の出場を決めると、予選を突破、準優勝戦選出という活躍をします。

そして翌2011年3月のボートレースオールスターでははじめて優出を決めると、続くメモリアル、全日本選手権でも続けて優出を決め、SGレース制覇はもう目の前というところまで来ていました。
ところが、G1レースの時と同様、レースに出場する機会はあるものの、なかなか優勝まではたどり着きません。

そんな日々が続いた2017年、7月のオーシャンカップに峰選手は当然のように出場します。
レース前の予想では優勝候補には上がっていなかったのですが、予選では3連対を外さない堅実な走りで2位通過を決めました。
準優勝戦も1着でゴール、レースが順当に進めば峰選手は2号艇で決勝に挑むこととなります。

ところが、それまで成績1位だったその先仁志選手がスタートを決められず6着に沈み、峰選手は繰り上がりで1号艇でのスタートという、千載一遇のチャンスを得ました。
ところが、決勝戦のプレッシャーからかスタートは2号艇、3号艇に遅れをとることとなってしまいます。

しかしその後直線で伸びると第1ターンマークをトップで通過、その後も後続の激しい追い上げを振り切り、デビューから13年目、11回目の優出で念願のSGレース初出場を決めました。
何度も決勝戦に進出しながらあと一歩のところで手が届かないという日々が続いた峰選手にとって、この優勝はとても嬉しかったことでしょう。

トップレーサーへの道を駆け上がる

オーシャンカップの優勝インタビューで、「いっぱいSGレースに優勝してみんなに認めてもらいたい」とコメントをした峰選手ですが、その言葉を体現するかのように2018年以降は誰も寄せ付けないような強さを見せ始めることになります。

峰選手は2017年に続いて、2018年も7つのSGレースすべてに出走し、しかも7つすべてで予選を通過するという快挙を成し遂げます。
優勝こそ出来ませんでしたが、11月末までで9,600万円以上の賞金を獲得した峰選手は、年末のグランプリ決定戦の出場権を獲得します。

峰選手はトライアル2ndステージから出場し、1走目はイン逃げで 危なげなく勝利します。
ところが2走目では5号艇からのスタートで何もさせてもらえず結果は5着、決勝に進むためには何としても3着以内に入らなければならないという、「崖っぷち」の状況でした。

しかし3走目の枠番抽選で、峰選手はまたしても5号艇を引いてしまいます。
絶対的不利な状況で挑んだ3走目ですが、このレースで峰選手はファンの間で「伝説のターン」と後に語られることとなる華麗なターンを決め、見事3走目を1着でゴールしました。

1位通過で迎えた決勝戦は1号艇で臨むこととなります。
絶対的不利な状況を乗り切った峰選手に敵はなく、危なげない走りでゴール、2回目のグランプリ挑戦で見事優勝を決めました。

この優勝で1億円を獲得した峰選手は年間獲得賞金が2億円を突破、文句なしの賞金王に輝きました。
この瞬間、峰選手は名実ともに競艇界のトップレーサーになったといってよいでしょう。

この「伝説のターン」について峰選手本人がレースを振り返りながら解説している動画がありますので、気になる方はぜひチェックしてみてください。

翌2019年は年間勝率8.74という信じられないような数字を記録、2020年にはオーシャンカップと年末のグランプリを制し、1年で2回もSGレースを優勝するという大活躍、最終的に2020年は年間獲得賞金、年間勝率、年間1着数すべてで1位となり、自身初の3冠王に輝きました。

波乱万丈の2021年

2019年、2020年の活躍によって、だれもが認める競艇界ナンバーワンレーサーとなった峰選手、2021年も調子を崩すことなく、安定した成績を維持し続けます。

そして迎えた2021年ボートレースオールスター、峰選手は当然のように得票数1位を獲得し、5年連続得票数1位で出場権を獲得しました。

予選・準優勝戦を危なげなく勝ち進み、決勝戦へと進みましたが、これまで優勝することはできず、峰選手にとっては歯がゆい結果となっていました。

そして迎えた決勝戦、3コースの菊地孝平選手にまくられそうな場面はあったものの、なんとか捌き切りそのままゴール、念願のオールスター初優勝に輝きます。

やっとファンの期待に応えられたという安心感と嬉しさからなのでしょう。
ゴールしてピットに戻る前から峰選手の目には大粒の涙が溢れており、インタビューでもその涙は止まりませんでした。
数々のレースで優勝している峰選手ですが、インタビューでは「今までで一番嬉しい」と語っています。

峰竜太オールスター初優勝

その後も順調に勝ち進めた峰選手はこの年も年末のグランプリ決定戦に出場します。
予選、準優勝戦と2連対を外さない圧倒的な強さで勝ち進み、1号艇を確保、誰もが峰選手のグランプリ制覇を疑わなかったでしょう。
しかし、この優勝決定戦が別の意味で後々まで語り継がれることになるであろうレースとなってしまいます。

峰選手はなんと1周目第1ターンマークを回る際にターンマークに激突し、転覆してしまいます。
それだけならまだ良いのですが、後続の4艇もこの転覆を避けきれず次々と衝突し、あわや大惨事という状況に。
結果、ゴールしたのは瓜生選手と白井選手の2名のみという結果になりました。

失格した選手の舟券は返還されるのですが、その変換金額が約41億円という途方もない金額となり、過去に第1位であった約24億円を軽々と上回ってしまいました。
このレースは峰選手にとって生涯忘れることができない一戦となるでしょう。

峰選手のプライベートについて

今や競艇界の頂点に君臨することとなった峰竜太選手、峰選手はTwitterなどの各種SNSのアカウントを主有しているだけではなく、自身のYouTubeチャンネルも開設しており、そこではプライベートの一面も隠すことなく見せてくれます。

ここからは峰選手のプライベートについて少し見ていくことにしましょう。

奥さんとお子さん

峰選手はすでにご結婚されています。
奥さんは明華子(あかね)さんというお名前で、元々保育士をされていたそうです。

競艇選手と保育士、全く接点がなさそうな二人がどのようにであったのか気になるところですが、峰選手自身から、「友人の紹介で知り合った」と語られています。

峰選手と結婚したということは、「まさかお金目当てか?」と思ってしまう人もいるかもしれませんが、実は峰選手と奥さんがであったのは2010年ごろだそうで、この頃の峰選手といえばA1級にはなっていますがようやくG1レースに優勝できたころで、今ほど獲得賞金が高い、というわけではありません。

峰選手は2012年3月に結婚することとなります。
プロポーズは「賞金王決定戦」が終わってすぐに大阪でしたとのことです。

本当は賞金王決定戦で優勝してプロポーズしたかったそうですが、残念ながらその願いはかないませんでした。
奥さんは一般人なのでメディア露出はほとんどありませんが、峰選手のインスタなどにはたまに登場しています。

競艇選手の奥さんには美人な方が多いのですが、そのなかでも峰選手の奥さんはトップクラスと言ってよいほどの顔立ちで、まるで女優さんのようです。

そして、峰選手と奥さんの間には3人のお子さんが生まれています。
3人とも女の子なので、峰選手にとっては可愛くてたまらないことでしょう。
奥さんとお子さんの存在は峰選手にとって大きな支えになっていることは改めて言うまでもありません。

自宅は超豪邸!

峰選手のプライベートを語るうえで欠かすことができないのが、常識離れしたご自宅です。

以前、自宅を建築する風景をYouTubeにアップされていたので、見たことがある人もいるかもしれませんが、とにかく「超」がつくほどの豪邸を建てておられます。
ご自宅のある場所は佐賀県唐津市、佐賀県と福岡県のちょうど県境に位置しています。

ネットのうわさでしかないので信ぴょう性は定かではありませんが、自宅の建設費用は1億円とのこと、この費用は2021年に制した「グランプリ」の賞金を使ったと峰選手自身が語っています。

自宅のコンセプトは、「皆が集まってワイワイ楽しめる家」とのことで、噂によると、庭でバーベキューができたり、「麻雀をするためだけの部屋」があるとのことです。

更に2020年にも「グランプリ」で優勝し、賞金1億円を獲得した峰選手はその賞金で自宅の隣に別宅を建設してしまいました。
この建設費用も同じく1億円とのことで、グランプリの賞金を使ってキャッシュで一括購入したとの事です。

1億円の家を一括で購入するというのは、一般の人では考えもつかないようなお金の使い方ですよね。


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まとめ

峰竜太選手のこれまでの活躍と、プライベートのほんの一部分を今回は紹介しました。
峰選手に関するエピソードは山のようにあるので、そのすべてはとても紹介しきれません。

峰選手は競艇界の頂点に君臨する選手であり、注目度も随一なので、気になる人は峰選手のエピソードをいろいろと探してみてはどうでしょうか。

経歴を見ると分かると思いますが、決してずっと順調だったわけではなく、初勝利まではそれなりに時間がかかっていますし、ちょっとした油断で違反行為を犯してしまい、SGレースに長期間出場できなくなる、といった苦境に立たされたこともあります。

しかしそんな試練もたぐいまれなるテクニックで乗り越えてきました。
峰選手の強さはなんといっても抜群の安定感です。
今後しばらくはこの安定感が崩れることはないので、峰選手の時代はまだしばらく続くことでしょう。

生涯獲得賞金ランキングにはまだランクインしていませんが、このまま活躍し続ければ近い将来必ず生涯獲得賞金ランキングに顔を出すでしょうし、もしかすると現在1位である松井繁選手の生涯獲得賞金を超えるかもしれません。