佐々木裕美選手は旦那の事故死を乗り越えたママさんレーサー!息子や弟子についても解説

佐々木裕美選手は旦那の死を乗り越え今も水上で戦い続けるママさんレーサー

競艇選手の平均年収はおよそ1,600万円、一番最下級のB2ランクの選手ですらコンスタントにレースに出てそれなりの結果を出していれば一般社会人よりもずっと高い年収を確保できます。

これだけ見ると。「競艇選手は儲かって良い商売だな」と思うかもしれませんが、現実はそこまで甘くはありません。
競艇選手は私たちとは比べ物にならないほどの危険を冒しながら日々戦っています。

今回紹介する佐々木裕美選手は、そのことを誰よりも分かっている競艇選手のひとりです。


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佐々木裕美選手のプロフィール

佐々木 裕美引用元:BOAT RACE オフィシャルウェブサイト

佐々木裕美選手の簡単なプロフィールは以下のようになっています。

名前 佐々木裕美
生年月日 1979年10月3日
登録番号 4045
所属支部 山口支部
身長 162センチ
体重 44キロ
階級 A2

佐々木裕美選手は1979年生まれという事で、現在42歳ですが、とてもそうは思えないほど若々しい顔立ちです。
身長も高く、スタイルが良いので美人という表現がとても似合う選手といえるでしょう。

ですが笑顔になったときはとてもかわいらしく、そのギャップがとても魅力的です。
級別は上からふたつ目のA2ランクで、見た目だけではなく実力も兼ね備えている選手です。

佐々木裕美選手はママさんレーサー

佐々木選手は既婚者であり、息子さんがいらっしゃいます。
一度産休で選手としての仕事をお休みしていますが、その後は復帰しました。

競艇では半期ごとに級別審査が行なわれるため、長期休養後は最下級のB2ランクまで落ちてしまいます。
しかし佐々木選手はそこから見事にA2級まで階級を戻しました。

いくらプロ選手と言えども、長い間レースから離れてしまうと勝負勘などといったものは鈍ってしまうので、そこから前の階級に戻すというのは並大抵の努力でできるものではありません。

佐々木選手は、出産してから復帰を目指す女性選手にとってよいお手本の一人であり、恐らく復帰を目指している選手たちにいろいろとアドバイスをしていることでしょう。

競艇選手になるまでの経歴

競艇選手になるまでの経歴

競艇選手は、レーサーになる前も別のスポーツでトップクラスの活躍を見せている人が多いのですが、佐々木裕美選手もその例に漏れず、レーサーになる前からスポーツでその才能を発揮していました。

ボートレーサーになる前は少林寺拳法をしており、県大会優勝、さらには中国退会でも優勝した経験があります。
段位は初段でした。

しかし競艇選手になろうと決めたのは小学生の時とかなり早いです。
小学生の時に祖父に徳山競艇場に連れて行ってもらってレースを実際に観戦し、「カッコイイ」と思ったのがボートレーサーになろうと決めた瞬間だったそうです。

少林寺拳法を習ったのは、競艇選手になるために基礎体力などを付けるという意味もあったのかもしれません。
しかし、競艇選手の養成学校である「やまと学校」は入学するのにも競争率が高い難関校であり、佐々木選手はもともと視力があまり良くないこともあって、3回目の受験でやっと合格します。

なんとか入学したものの、佐々木選手の同期である「85期生」は現在銀河系軍団と呼ばれるほど優秀な選手たちが名を連ねるとてもレベルが高い世代ですので、あわや落第寸前まで追い込まれてしまいます。

それでも少林寺拳法を学んだ経験が生きたのか、持ち前の身体能力の高さによって徐々に頭角を表し、無事に卒業試験に合格、プロデビューを果たします。

競艇選手としての実績は?

競艇選手としての実績は?

1999年、地元山口県にある下関競艇場でデビューします。

デビュー戦は3コースからのスタートでしたが、競艇では新人選手は必ず6コースから進入しなければならないとう暗黙のルールがあり、佐々木選手もそれに習って6コースから進入しますが、2着に入り、デビュー戦としては大健闘を見せました。
そして翌年の8月、丸亀競艇場での一般競争で初勝利を決めます。

さらに2年後の2002年9月8日、津競艇場で開催された女子戦ではじめて優出をし、さらに約1年後、唐津競艇場で開催された女子戦で初優勝を飾りました。
このときは3号艇で3コースからのスタートながら、6コースの進入となったものの、見事にまくり差しを決めるという勝負強さを見せています。

翌年には多摩川競艇場で行われたG1レース、「女子王座決定戦」にはじめて出場するなど、順調に実績を積み重ねていきます。
2009年5月には「笹川賞」(のちのボートレースオールスター)に出場し、これがSGレースはじめての出場となります。

さらに5日目の第7レースでは6号艇からのスタートと絶対的不利な状況ながら華麗にまくり差しを決め、なんとSG戦初勝利を決めました。
このときの3連単の配当は199,840円で、このときのSGレースにおける最高配当を記録しています。

佐々木選手の2021年の成績は、勝率5.17、1着率は20.8パーセントとなっています。

1コースからの逃げが大得意

1コースからの逃げが大得意

6コースからでも豪快なまくり差しでの勝利を決めるなど、佐々木選手はどのコースからでも攻める事ができる自在型の選手ですが、もっとも得意とするのは1コースからの逃げです。

現在の競艇ではインコースであればあるほど有利と言われており、1コースからの逃げをいかに確実に決めるかによって勝率は大きく変わります。
しかし女性選手の場合、スタートが苦手な選手が多く、男性選手ほど1コースの逃げが決まりにくいのが現状です。

佐々木選手は女性選手のなかでもかなりスタートが上手な選手であり、1コースでの勝率は女性選手の平均を大きく上回っています。

これはレースをする際には大きなアドバンテージとなっていることでしょう。
スタートを図るタイミングも上手く、佐々木選手はフライングの回数も少ないので、佐々木選手が1コースで出走したときは安心して舟券を購入することができます。

佐々木裕美選手の旦那さんも競艇選手

佐々木裕美選手の旦那さんも競艇選手

競艇選手はレースに出場している間は食事等以外では外出できません。
また外部と連絡を取ることもできないので、なかなかほかの業界の人と繋がる機会がありません。

そのため女性競艇選手は男性競艇選手と結婚するというケースが非常に多く、佐々木選手の旦那さんもまた競艇選手です。
佐々木選手の旦那さんは坂谷真史選手で、1999年にデビューし、わずか3年でSG戦に初出場するという類まれなる能力を持っている選手でした。

勝率も常に6点台以上をキープ、調子が良いときは7点台をマークするなど若手切っての実力者で、将来を約束された選手のひとりでした。
過去形になっているのはなぜかというと、坂谷選手はもうこの世にはいないからです。

痛ましい事故の犠牲に

2007年2月26日住之江競艇場にて行われた「大阪府都市競艇組合主催GI第50回住之江周年記念「太閤賞」競走6日目に、出走、坂谷選手は5号艇6コースからの出走となりました。
しかし1周目の第1ターンマークを上手くまわり、坂谷選手は上位につけます。

そして2周目の第1マークをターンする際、激しい2着争いとなり、坂谷選手は差しハンドルによる抜きを試みました。
その際に不運にも6号艇の選手と接触し、転覆してしまいます。

その後、事故を起こした艇を回避していた別の艇の目前に浮かんでしまう形となり、ボートに巻き込まれるという大事故が発生してしまいました。
坂谷選手はすぐに病院に運び込まれ、集中治療室で治療を施されましたが、脳幹裂傷及び頭蓋骨骨折の合併症によって26歳という若さでこの世を去ることとなってしまいました。

事故の原因は、坂谷選手が前の選手を差そうとしたからであり、接触した6号艇の選手は何も悪くありませんし、その後坂谷選手を巻き込んでしまう形となってしまった選手も故意に巻き込もうとしたわけでは絶対ありません。

この事故に関しては悪い人は一人もいないのですが、不運に不運が重なって将来有望であった優秀なレーサーを失ってしまう形となってしまいました。

佐々木選手は事故当時別のレースに出場するため徳山競艇場にいましたが、事故の一報を聞きレースを欠場、すぐに治療を受けている病院へ駆けつけましたが、残念ながら最期を看取ることは出来ませんでした。

長期休養後競艇界に復帰

佐々木選手はこれを機に故郷の山口県に戻ります。

さすがに夫の事故死後すぐにレースに出るという精神状態にはとてもなれず、休養することとなりますが、8か月の休養した2007年10月13日、なんと旦那さんが事故死した住之江競艇場で復帰を果たします。
そして3日後のレースでは復帰後初勝利を飾っているのです。

旦那さんが事故死した競艇場のレースですから、事故の瞬間を目撃していないとはいえ、旦那さんのことが頭をよぎるのは間違いないでしょう。
それでも勝利する佐々木選手の精神力には頭が下がるばかりです。


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まとめ

佐々木選手は山口支部の選手で、級別はA2級です。
佐々木選手の動機選手は現在「銀河系軍団」と呼ばれるほど優秀な選手ばかりです。養成所時代はとても苦労しましたが、ずっと少林寺拳法を習っていたこともあり、持ち前の運動神経の良さでめきめきと頭角を表していきました。

デビュー戦では6コースからの進入ながら2着と大健闘、その後は順調に初勝利、初優出、初優勝と実績を積み重ねていきます。
2009年5月には笹川賞に初出場し、なんと初勝利を飾ります。
この時の3連単の配当は、その当時のSG戦における最高配当額となりました。

佐々木選手には息子さんが一人おり、子育てをしながらレーサーとして活躍するママさんレーサーのひとりです。
しかし、ほかの選手のようなママさんレーサーではなく、佐々木選手はシングルマザー選手として活躍しています。

佐々木選手の旦那さんもまた競艇選手で、デビューしてわずか3年でSG戦に初出場するなど、若いときからその才能を発揮し、将来も有望視されていた選手のひとりでした。
しかしレース中の事故によって転覆、そのまま不運にも後続の艇に巻き込まれてしまいます。

事故後すぐに病院に運び込まれ、懸命の治療が施されましたが、残念ながら帰らぬ人となってしまいました。

その後佐々木選手は傷心によって長期休養しますが、8か月後になんと旦那さんが事故に遭った競艇場で復帰し、勝利します。
今後の佐々木選手の更なる活躍に期待しましょう。