競艇界の歴史を変えた「全速ターン」について徹底解説
競艇は完全に実力主義の競技ということもあって、選手たちは日夜いかにして勝つかを考えながら日々の練習を行い、レース本番に臨んでいます。
長い競艇界の歴史の中ではさまざまな革新的なテクニックが生まれましたが、その中でもレースそのものを一変させたといっても過言ではないテクニックが「全速ターン」です。
本記事では全速ターンがいかにして生まれ、競艇界に広まったかを解説し、更に現役選手のなかでも特に「ターン巧者」と呼ばれているトップ選手たちの紹介もしていきます。
競艇の勝敗は「スタート」と「ターン」の良し悪しで決まる
競艇を現地やライブ映像で観戦している際の一番の見どころといえば大迫力のターンではないでしょうか。
水しぶきを上げ、華麗にコーナーを回るボートを堪能できるのは競艇だけです。
そして、このターン部分は観戦時に重要なポイントであるだけではなく、実際にレースに出走している選手たちにとってもとても重要な部分ともなっています。
理由は後述しますが、競艇は「1周目第1ターンマークでほぼ勝敗が決する」と言われており、1周目の最初のターンを真っ先に周回できた選手がそのまま1着でゴールするというケースがとても多いです。
そして1周目の最初のターンに誰よりも早く到達するためには、ほかの選手よりも上手くスタートする必要があります。
競艇は水上で行うため、全てのボートを横一列に並べてスタートさせることができません。
したがって、スタートラインよりも手前で各艇が待機し、その状態でスタートラインめがけて徐々に加速していくという特殊なスタート方式を採用しています。
スタートラインはスタートの合図よりも早すぎるとフライングになりますし、遅すぎると出遅れとなります。
フライングも出遅れも失格になるので、選手たちはスタートの合図ジャストでスタートラインを通過できるようにタイミングを合わせなければいけません。
勝ち続けるためにはターンを上手く回るテクニックともう一つ、スタートタイミングを合わせることができる技術が必要になるのです。
直線での攻防はあまりない
競馬や競輪を観戦する際の最大の見どころは最終コーナーを回ってからの攻防です。
競馬や競輪は最終コーナー手前くらいまでは全力では走らず、ペースを守りながらポジション争いをしており、最終コーナー手前などで一気にスパートをかけます。
最終コーナー勝負となる理由としては競馬や競輪は競走馬や選手自身の力でコースを走るという性質上、初めから全力で走るとスタミナが切れるというのがひとつ、もうひとつの理由は競走馬や選手に能力差が生じるためです。
持続力がある競走馬や選手は競争相手よりも少し早めにスパートをかけますし、瞬発力が武器である場合は少し我慢してほかの競争相手のスタミナが切れかかったころに一気にスパートをかけるという戦法になるでしょう。
どのタイミングでスパートをかけるかを見るのも競馬や競輪を観戦する際の見どころのひとつです。
しかし、競艇の場合は選手が搭乗するボートの性能差は基本的にありません。
ボートもエンジンもプロペラも全て「ヤマト発動機株式会社」という企業が一手に担って製造しているため、理論上はすべて同じ能力のボートで勝負することになります。
したがって全速力で走ることになる直線ではボート同士の差はほとんど縮まることがなく、ここで攻防が行われることはほとんどありません。
全速ターンを競艇界の普及させたレジェンド「今村豊」
(引用元:https://www.youtube.com/watch?v=hgrtXMimji4)
直線で勝敗が決することがほとんど無い競艇という競技の性質上、選手たちはいかに他の選手よりもターン技術を向上させるかを研究し続けています。
その結果生まれたのが今回紹介する「全速ターン」という技術です。
全速ターンというのは簡単に言えばスピードをほとんど落とさない状態でターンを回るという技術であり、このターンが誕生してから競艇選手の走り方そのものが大きく変わりました。
この全速ターンを競艇界に一気に広める役割を果たしたのが、「ミスターボートレース」の異名を持つ「今村豊」選手です。
誰もが認める競艇界のレジェンド中のレジェンド選手ですが、過去の選手というわけではなく、2020年まで現役トップ選手として活躍し続けていました。
今村選手はデビューからわずか半年で最上位クラスであるA級に昇格、デビュー1年以内にSGレース初出走を果たすという信じられないスピードでトップ選手にまで昇りつめましたが、この原動力となったのが彼が生み出した「全速ターン」です。
ところがデビュー前に競艇選手として学んでいた本栖研修所に在籍していたころは「転覆王」というあだ名が付けられるほど、ターンで転覆を繰り返していました。
現役中の成績を考えれば信じられない話ですが、この転覆はただ単にターンが下手だから転覆したというわけではありません。
実は、スロットルを握ったままスピードを落とさずターンを回る選手は、今村選手がプロとしてデビューする前から存在していました。
勘違いしている人も多いですが、実は今村選手は「全速ターンの生みの親」ではありません。
では何故「全速ターン」の話になると今村選手の名前が出てくるのかというと、今村選手の全速ターンは、既に他の選手が実践していた全速ターンをさらにブラッシュアップさせた全速ターンだったからです。
今村選手が転覆を繰り返していたのはターンを上手く回れなかったからではなく、ターンのコーナーに当たってしまったためで、今村選手はターン練習をしていたのではなく、ターンマークぎりぎりで回る練習をくりかえしてからこそ、転覆王とあだ名が付けられるほど転覆し続けていたのです。
研究の結果、今村選手は艇の先を少し浮かせ、その浮かせた部分をターンコーナーの上に乗り上げさせるというこれまで見た事がないターンを完成させ、選手としてデビューしました。
だからこそほかの選手が驚嘆するようなスピードでターンを回り、デビュー直後から勝利を積み重ねることができたのです。
今村豊選手のレース動画を紹介!
今村選手のレース動画はYouTubeで検索するとたくさん見ることができますが、今回はそのなかから3本紹介します。
今村選手と「モンスター」の異名を持っていた野中和夫選手とのマッチレースは見ごたえ十分です。
外側からまくられるかと思うような最初のターンですが、そこを阻止する今村選手の操縦技術は超一流です。
トップスピードでスタートを決め、そこからの大外まくりは見ていて実に爽快です。
競艇選手の養成学校でも必修テクニックのひとつに
今村選手が全速ターンを駆使して勝利の山を築いて以降、ほかの選手もこのままでは勝ち目がないと必至に全速ターンの研究を重ね、いまではモンキーターンやウィリーターンといった、全速ターンの進化形ターンが次々に誕生しています。
競艇選手になるのであれば身につけなければならない必修テクニックのひとつとなり、現在では養成学校時代の授業ですでに全速ターンを教えているほどです。
現役選手でターンに定評がある選手たち
競艇において、スタートとターンが重要であることは解説しましたが、スタートに関してはインコースになるかアウトコースになるかでタイミングなども変わってくるため、スタート技術を磨くといってもなかなか難しいのが現状です。
しかし、ターン技術に関してはどのコースからのスタートであっても基本的には変わらないため、ターン技術が優れている選手はそれに比例して勝率も高くなります。
本項目では現役で活躍しているトップ選手の中でも特にターン巧者として評価が高い5名を紹介するので、この5名の名前は必ず憶えておきましょう。
白井英治
(引用元:BOATRACEオフィシャルウェブサイト)
白井英治選手は全速ターンを競艇界に広めた今村豊元選手の一番弟子とも呼べる存在で、「関門のホワイトシャーク」の異名を持つほどの鋭角的なターンは、まさに師匠の教えの賜物といってよいでしょう。
自宅は今村元選手の家から徒歩圏内にあるそうで、今村元選手が現役を退いてからもしょっちゅう遊びに行っているとの事です。
茅原悠紀
㊗茅原悠紀選手が9人目のゴールデンレーサーに!🏅
先ほどのG1児島周年記念競走で茅原選手にメダルが授与され、ゴールデンレーサー賞の受賞条件を満たしました!🎉https://t.co/LvzVJ3ZZjy
今後のメダル獲得状況も目が離せません! pic.twitter.com/13FrSHb60K
— 公式 DYNAMITE BOATRACE|ボートレース (@Lets_BOATRACE) October 14, 2021
全速ターンの派生形のひとつである、「ウィリーターン」の第一人者が茅原悠紀選手です。
ウィリーターンというのは、今村選手が練習の末に修得した艇の前方を上にあげながらターンをする技術を更に高めたものであり、見ている人からするとバランスを崩して落水するのではないかと思うほど船体を浮かせています。
そのバランス感覚はまるで重量を感じていないかのように見えることから、一部のファンからは「宇宙人」という異名を付けられています。
桐生順平
(引用元:BOATRACEオフィシャルウェブサイト)
登録番号4444番という、何とも覚えやすい番号の桐生順平選手ですが、その腕前は超一流であり、SGレースが開催された際にはどのレースであっても名前を見かけます。
桐生選手のターンは個性的というわけではありませんが、とにかく純粋にターン技術がすさまじく、普通の選手ならばもうダメだろうと思うような位置であっても抜群のターン技術で見る見るうちに順位を上げてきます。
そのターン技術の高さから、「新世代ターンの使い手」という異名を持つ選手です。
下河誉史
(引用元:BOATRACEオフィシャルウェブサイト)
片足を上げる「スコーピオンターン」という独特なターンの使い手として有名です。
スコーピオンターンは見た目に派手なため、一見すると価値が確定した時に披露する見世物的ターンなのでは?と思ってしまいがちですが、実はちゃんと理にかなった極めて実践的なターンであり、決して魅せるためのターンではありません。
下河選手は左足を痛めてしまった事によって、両足で踏ん張る通常の全速ターンが出来なくなりました。
しかしトップスピードでターンを回らなければ今の競艇で勝つことはできません。
何とか痛めた左足に負担がないようなターンがないかと研究した結果、現在のように左足を上げながら全速でターンを回るスコーピオンターンを習得したのです。
秋山直之
(引用元:BOATRACEオフィシャルウェブサイト)
秋山選手は全速ターンの「スピード」を徹底的に追求した選手の一人です。
そのターン速度は直線のときのスピードとほぼ変わらないほどで、「全速旋回」と呼ばれています。
スピードだけでなくターン技術も一流であり、その証拠に現行モーターでのコースレコードを4つも保持していて、この数は現役選手としては最多です。
ターン巧者が出走するレースは最後まで目が離せない!
通常、競艇は第1ターンマークで勝敗が決まってしまいますが、ターンが巧みな選手が出走している場合はそれ以降のターンで着差をいとも簡単に縮めることができます。
したがって見ている側からすると最後まで目を離すことができない白熱のレースとなり、興奮すること間違いなしです。
まとめ
かつて競艇ではターン部分に差し掛かるとスピードを落とすのがごく一般的でした。
しかしミスターボートレースこと今村豊選手の登場によってその状況は一変します。
今村選手はターンに入っても速度をほとんど落とさず、艇の先を少し浮かせるような形でターンコーナーギリギリを回る、これまで誰もやったことがないようなターンを披露し、デビューから凄まじい勢いで勝ち星を重ねていきます。
これを見たほかの選手も今村選手のターンをまねるようになり、競艇界では全速でターンを回ることが半ば常識になりました。
現在の競艇において、全速ターンができないような選手に勝ち目はないので、養成所時代で既に全速ターンについては基礎的な知識を学び、実践できるように訓練されています。
全速ターンは文字通り時代を塗り替えた技術といっても良いでしょう。
現在は全速ターンをより改良し、モンキーターンやウィリーターン、スコーピオンターンといった次世代のターンが次々と誕生、それらを駆使する選手はいずれもトップクラスの活躍を見せています。
通常競艇のレースは1周目の第1ターンマークを回った時点で勝敗が決しますが、ターン巧者が出走している場合、ターン部分で着差を縮めることができるため、最終ターンで大逆転をするといった事も十分ありえます。
出走している選手からすると最後まで気が抜けないので大変でしょうが、レースを観戦している側にとってはレースが終わるまで手に汗握る展開となり、非常に見ていて面白いです。
ターン巧者は勝率も高く、舟券に絡む活躍をすることも多いので名前を覚えておいて損はありません。