競輪は死亡事故も発生している危険と隣り合わせの競技

競輪は死亡事故も発生している危険と隣り合わせの競技

競輪は勝利すればするほど賞金が増え、収入も増えるという完全に実力主義の世界です。
そのため選手たちは時には他の選手たちと接触するような激しい争いをしながらも日々誰よりも早くゴールすることを目指してレースに出続けています。

本記事では痛ましい競輪の死亡事故を紹介します。

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競輪は危険な競技である

競輪は危険な競技である

鍛え上げた太ももの筋肉を一気に爆発させ、私たちがとても出せないようなスピードで争われる競輪の最終周回は見ているだけで手に汗を握って興奮してしまいます。
しかし実際にレースに出走している選手たちはそれ以上に必死です。

前述した通り、競輪は勝利したときの賞金が収入のほぼすべてを占める、弱肉強食の世界です。
したがって選手たちは時にほかの選手の進路を塞いでまで1着を獲ろうとします。

そのため、真剣勝負の世界ではどうしても選手同士が接触したりすることも多々あり、私たちが思っているよりもずっと、競輪という競技は危険なスポーツなのです。

接触による転倒は日常茶飯事

接触による転倒は日常茶飯事

どれだけ危険なスポーツかを具体的に数字に示してみることにしましょう。
競輪でもっとも多く発生する事故は、選手が自転車から転落してしまう「落車」です。

落車事故の発生件数をまとめた公式データはないのですが調べてみたところ、落車発生率がもっとも高かった1985年ごろはなんと16パーセントという確率でした。

単純計算で6レースに1回は落車事故が発生しているということですから、一日10レース行われる競輪では確率的に毎日1~2回近く落車事故が発生していたことになります。

現在は流石にここまで高い確率ではありませんが、それでも8パーセントに近い確率となっていて、複数の競輪場で毎日レースが開催される競輪では現在においても毎日どこかの競輪場で落車事故が発生している計算です。

また後述しますが、S級クラスのレースの場合は落車事故の発生確率は更に高くなっていて、現在でもおそらく10パーセントを超えているでしょう。

実際に落車事故が発生した瞬間をとらえた動画のリンク先ををいくつか添付します。
かなりショッキングな映像ではあるので、苦手な方は視聴を控えていただくようにしてください。

競輪が危険である理由

競輪が危険である理由

競輪という競技が危険である理由はとても多いです。
以下に主な理由を紹介しますが、これらの理由は簡単に改善できないものばかりであるというのが、競輪の落車事故がなかなか減少しない大きな要因となっていることは間違いありません。

主に労働災害事故の発生確率を表す法則として「ハインリッヒの法則」というものがあります。
「1件の重大な事故の背後には30件前後の軽微な事故があり、さらにその背後には300件前後の「ヒヤリハット」が隠れている」という法則です。

競輪のレース中の事故も労働災害の範疇ですから、それぞれ「死亡事故」「落車事故」「接触などによってバランスを崩す」に当てはめると、ハインリッヒの法則はしっかりと成立するといえるでしょう。

スピード

競輪が危険な競技である理由のひとつは何と言ってもスピードです。
競輪選手が自転車を全力で漕いだ時のトップスピードはなんと時速80キロになるとも言われています。

これだけの速度で他の自転車と接触したり、ましてや転倒した時がどれだけの衝撃かは想像もつかないほどです。
直接的な比較にはならないかもしれませんが、自動車が時速80キロで走行する際にぶつかったときの衝撃は、高さ25mのビルから落ちた時の衝撃に比例するといわれています。

競輪選手が乗っているのは自転車なので、同じ衝撃を受けるというわけではないかもしれませんが、それでも十分命の危険を伴う衝撃を受けることは間違いないでしょう。

天候

競輪は屋外で行われる競技なので、当然天候の影響を受けます。
特に注意しなければならないのが「雨が降っている日」と「風が強い日」です。
雨が降ると当然地面が濡れてスリップしやすくなります。

この記事を見ている皆さんも雨の日に自転車に乗ってカーブを曲がった際に滑って転びそうになった、または転んでしまった経験がある人がほとんどなのではないでしょうか。
競輪では先述のように私たちの漕ぐ自転車とは比べ物にならないスピードですしタイヤもとても細いです。

したがってより濡れた路面でスリップしやすい条件でレースをしているといえるでしょう。
そして雨が降り続けていると視界も悪くなり、側方から近づいてきたほかの選手に気付かずに接触、といった事故も発生しやすいです。

風に関しては向かい風や追い風は走行に負担がかかるものの、事故率が高まることはありませんが、急に強い横風が吹いた時などはバランスを崩し転倒してしまう恐れがあります。

生身であること

競輪選手は頭にヘルメット、関節部分にプロテクターを付けてはいるものの、基本的に腕や足などはむき出しの状態です。
これも大きな怪我につながる要因のひとつと考えても良いのではないでしょうか。

競馬や競艇などは特に分厚い生地というわけではありませんが、長袖の上着と足全体を覆うズボンを履いているので、転倒した時も気休めではありますが、肌を守ってくれます。

しかし競輪選手の場合、転倒して地面に接触すると露出した肌がモロに地面と接触するのでより怪我がひどくなりやすいのです。

ポジション争い

競輪はトラック競技であるため、位置取り争いがとても重要です。
例えばインコースが有利な競輪場だった場合はどの選手よりも早くインコースに入ろうとすべての選手が動きます。

しかしすべての選手がインコースには入れないので、走行しつつ激しいポジション争いが繰り広げられ、時には接触してしまい、競り負けた選手は外に追い出されるか最悪転倒してしまうことになります。

そして「33バンク」と呼ばれている1周333mのコースの場合、直線が短いので後方から勝負を仕掛ける差しや追い込みといった脚質の選手は早くから動こうとします。

もちろん他の選手も同じ考えで動きますし、逃げや先行など前でレースをしている選手もまた、後方の選手に抜かれまいとして動きます。
この動きの中で選手同士が接触してしまうとバランスを崩したり、当たりが悪いと転倒してしまったりするのです。

競輪用自転車の構造

競輪で使われる自転車の構造は、私たちが普段乗っている自転車と大きく異なる点がいくつかあります。
まず一般的な自転車では当たり前のようにつけられているブレーキが競輪用の自転車にはついていません。

そのため、前の自転車にぶつかりそうになったとしてもブレーキをかけて減速や停まったりすることが不可能なのです。
前とぶつかりそうになった場合横に避けるしかありませんが、避けた先にほかの選手がいた場合は接触又は転倒は避けられないでしょう。

そしてペダルと足も固定された状態なので、停まったとしても降りることができないのです。
転倒して自転車と体が離れれば良いですが、離れないと転倒した時の衝撃と自転車とぶつかる衝撃という二重の事故に巻き込まれることとなります。

競輪によるこれまでの死亡事故数は40件以上

競輪によるこれまでの死亡事故数は40件以上

歴史上初めて自転車競走と認められている日本最古のレースは、1895年に横浜クリケットクラブのトラックにておこなわれたレースだとされていますが、現在のように公営競技としての競輪がスタートしたのは第二次世界大戦が終了した直後です。

それから計算したとしても、競輪というのは70年近くの歴史があるということになります。
その長い歴史のなかでは数えきれないほどの落車事故があり、残念ながら死亡事故も発生しています。
2022年5月時点で競輪の競走中による死亡事故は全部で48件発生しているとのことです。

ちなみに競艇ではこれまで約30件、オートレースでは約90件、競馬では約20件なので、やはり落車事故が頻繁に発生する競輪は、オートレースほどではありませんがそれ以外の公営競技と比べると件数が多いことが分かります。

事故の詳細が分かっているのは7件

事故の詳細が分かっているのは7件

競輪の競技中に発生した死亡事故は48件ですが、そのうち事故の経緯や死因をはじめ、詳細が分かっているのは7件のみです。
本項目では事故の詳細が判明している7件の死亡事故について、紹介していきます。

福島昭亮

死亡事故が発生した詳細が分かっている事件で最も古いのが福島昭亮選手の死亡事故です。
福島選手はオールスター競輪の出場権を2年連続で獲得するなど、当時トップクラスの人気と実力を持っている選手でした。

しかし1967年4月に開催されたドリームレースに出走した際に落車してしまい頭部を強打、頭蓋骨を骨折してしまい、そのまま帰らぬ人となってしまいました。

東内典之

東内選手は1981年11月1日に競輪選手としてデビューし、その月のうちに初勝利を挙げるほど競輪センスに優れた選手ではありましたが、死亡事故が発生してしまった1992年までの約10年間の競輪選手人生の間に失格20回、競走棄権は30回以上と、よく言えば闘争心溢れるプレイ、悪く言えば反則スレスレの強引なレース運びに定評がある選手でした。

死亡事故もそんな東内選手の強引なプレイスタイルが引き起こした結果なのかもしれません。
1992円5月、福井競輪場でのレースに東内選手は出走、最終周回の際に前を行く選手を抜き去ろうとした際に自転車に接触、転倒した際に運悪く頭部を強打してしまいます。

この衝撃によって急性硬膜下血腫そして脳挫傷を起こしてしまい、そのまま意識が戻ることなく亡くなってしまいました。

成島勇

成島勇選手がレース中に命を落としてしまう事故が発生したのは1998年7月23日、立川競輪場でのレースでした。
最終コーナーを回った際にほかの選手と接触して転倒、最終コーナーでの転倒はよくある事なのですが、転倒した際の打ち所が悪く、頭蓋骨を骨折してしまったために意識不明となります。

すぐに病院へと搬送されたのですが、意識は戻ることなく、翌日に死亡と診断されました。
この時、成島選手はまだ22歳であり、これからまだまだ伸びる可能性があっただけに本当に残念な事故です。

もう少し経験を積んでいる選手であれば、もしかすると転倒の際に頭を打つことを避けることが出来たのかもしれないと考えると本当に悔やまれる事故です。

服部雅春

服部選手はデビュー戦でいきなり1着になるという快挙を達成したり、デビュー戦で走ることとなった大宮競輪場で後に完全優勝を達成、さらに1978年から10年間常にG1レースの出場機会を得ていたなど、トップクラスの実力を持つ選手でした。

2003年1月に開催された伊東温泉競輪場でのレースに服部選手は出場、途中まで事故を起こすことなく前を行く選手を追走していましたが、レース中突然大きく左右にふらつきはじめます。

レース自体は転倒事故や接触事故を起こすことなく4着でゴールしたのですが、ゴール後のクールダウンの際に突如倒れ、そのまま意識を失ってしまいます。

服部選手はすぐに医務室に運ばれたのですが、その時はすでに心肺停止の状態でした。
医務室での処置はできないと判断しすぐに近くの病院へと運ばれ、懸命の処置が行われましたが約2時間後、死亡が確認されました。

レース中の接触は一切なかったので、事故が死亡原因でないことは間違いありません。
レース中に突然ふらついたということは心筋梗塞や脳卒中など突然死の可能性が高いといえるでしょう。

内田慶

往年の競輪ファンの人にとって、内田慶選手の死亡事故は決して忘れることのできない痛ましい出来事でしょう。

2003年のルーキーチャンピオンでは現競輪界をけん引する選手の一人である平原康多選手を破って優勝、全日本プロ選手権の個人戦では6連覇を達成するなど、間違いなく当時の競輪界をけん引するスターになるであろう存在でした。

ところがデビューしてわずか6年目である2008年9月11日のオールスター競輪にてその事故は発生してしまいます。
最終周回3コーナー付近で、内田選手は前の選手を追い抜こうとするのですが、その際に捲ってきた選手と接触して転倒してしまいます。

さらにもう一人の選手とも接触、内田選手はちょうど前後に挟まれる形となり、転倒した際に顔面を強打、口から血を吐いた状態で意識を失ってしまいます。

すぐに病院へと搬送された内田選手でしたが、頭部を強打した際に頭蓋骨を骨折していた上にくも膜下も出血しており、意識が戻ることなく亡くなってしまいました。

この事故は多くのファンそして選手に衝撃を与え、当時名実ともにトップ選手であり、内田選手と同じく宇都宮競輪場をホームバンクにしていた神山雄一郎選手は内田選手の葬儀に参列した際、崩れ落ちるように号泣していたそうです。

中垣輝光

中垣選手が亡くなったのは2010年2月、広島競輪場で開催されたレースに出走していた時の事でした。
レース途中までは順調に走行していた中垣選手ですが、最終周回の途中からほかの選手との差が大きく離れ始めます。

そして第3コーナー付近で他の選手と接触することなく転倒、実はこの時すでに心肺停止の状態でした。 
すぐに病院へと運ばれましたが、虚血性心疾患によりそのまま帰らぬ人となってしまいました。

前日の検査ではまったく異常が無かったとのことなので、本当に突如として起こってしまった症状による突然死といえるでしょう。

坂本照雄

坂本選手は直接ほかの選手と接触したというわけではありませんが、落車事故が引き起こした悲劇という点では通常の死亡事故とまったく変わりありません。

2012年7月7日に小田原競輪場で開催されたレースに坂本選手は出走、最終周回までは前の選手を見つつ問題なく走行していました。

そして最終周回の直線を走行した際に突如前の選手が転倒、坂本選手はその選手を瞬時に交わして転倒はしなかったのですが、避けた先には不幸にも写真判定用のミラーボックスがあり、坂本選手はそのミラーボックスに激突してしまいます。

最終直線ということもあって自転車はトップスピードであり、その衝撃はとても人間の体が耐えられるものではありませんでした。

坂本選手は心肺停止の重体、すぐに病院に運ばれ心臓マッサージなどが行われましたが、衝撃による外傷性心配不全により帰らぬ人となりました。

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まとめ

ここまで紹介した落車事故の映像や死亡事故の経緯を見てもらえれば、競輪選手がいかに命がけでレースに臨んでいるか十分理解してもらえたのではないでしょうか。

事故の経緯を見ると、レース中に心臓の機能異常で亡くなるケースもありますが、大部分は最終周回での争いによる接触、転倒によるものであることが分かります。

恐らく最終周回の争いを禁止すれば死亡事故は大幅に少なくなりますが、それを禁止すると競輪という競技そのものが成り立たなくなってしまうことは明白です。

同じような死亡事故が二度と発生しないよう、ルールの改正など様々な対策を講じてはいますが、結論から言えば競輪の死亡事故が完全に無くなることはないでしょう。

車券を買っている選手が落車転倒により棄権となってしなったりするとついつい罵声を浴びせたくなってしまいますが、その選手が事故により亡くなってしまえば二度と車券を購入することはできません。
命に別状がなかったことを安堵できる広い心を持って競輪を楽しむようにしましょう。